今、日本で最も注目を集める「大きいもの」、スカイツリー。
「このタワーの最も大きな使命は、江戸以来の都市文化の多様な遺伝子を掘り起し、それを現代文明に移植し、それを内外に発信することである」―スカイツリー建設プロジェクト開始当時に評されたこの言葉は、どういう意味を持つのだろう。
震災を経て、何かが変わりつつある日本。今、そしてこれからの日本にとってスカイツリーとはどのような存在になるのだろうか。
電波塔としてのスカイツリー
そもそもスカイツリー建設の発端は、地上デジタル放送のために総合電波塔を新しく作る、という提案だった。しかしスカイツリーがなくても基本的には地上デジタル放送に支障がないことが判明し、ワンセグ放送受信エリアを広げることがスカイツリー建設の主な目的になった。
その後、NTTドコモやフジテレビが主体となるマルチメディア放送(現mmbi)社が、スカイツリーを親局送信所とする初のスマートフォン向けの有料放送「NOTTV」を開始した。NOTTVは、通常のテレビと同じような『リアルタイム放送』だけでなく、映像ファイルや電子書籍といった放送データを受信端末に保存して後から楽しむ『蓄積型放送』を実施している。
またSNSなどの『通信』との連携も実施し、ニコニコ動画のような投稿機能も設けている。USTREAMやニコニコ生放送が「通信から放送へ」接近したとすれば、NOTTVは「放送から通信へ」接近している図式となる。
スカイツリーの登場によってこれらが「放送と通信の融合」を推し進めるならば、この先携帯電話やインターネットを介した『通信』の需要は更に高まるだろう。時代はテレビ放送の時代からユビキタス・ネットワークの時代―つまり、いつでもどこでも何もがつながる情報通信ネットワークの時代―へますます向かうことになるのだ。
ユビキタス社会の到来が唱えられて久しいが、ユビキタス社会とはそもそもあらゆるモノに通信機能を付けられる技術を核としている。
実はこの技術は、従来の技術とは全く違った効果を社会にもたらしている。既存の技術がヒトとヒトの通信を対象にしたものであったのに対して、この新しい技術はヒトとモノ、ヒトと場所の通信を可能にするのである。
世界規模でユビキタス・ネットワーク社会は推進されているが、世界の中でも日本はヒトとモノを区別しない多神教的思想(アニミズム)を持つ数少ない国家である。ゆえに日本はヒトとモノが自由に情報を交信するという技術の導入に比較的抵抗が少ない。
このような意味で、ヒトとモノ、ヒトと場所が情報交換することに最大の意義があるユビキタス社会の推進に対して、実は日本は重要な役割を担っているのである。スカイツリーによって推進される放送と通信の融合。東京タワーというテレビ放送の象徴から託された、テレビ放送の時代とユビキタス・ネットワークの時代をブリッジするという大役をスカイツリーは担っているのである。
環境都市のシンボルとしてのスカイツリー
スカイツリー本体のライトアップ用照明器具は通常の半分の電力で済むLEDで構成され、東京スカイツリータウンには地中熱を利用した冷暖房が設置されている。東京ソラマチの屋上は緑化されるとともに太陽光発電パネルが敷かれ、テナント各自でインターネットを使ってエネルギーの使用状況を見ることができる環境情報管理システムも導入されている。
また地下には雨水をためる貯留槽があり、この水は常時再利用できるし、人工的に雨を降らせることもできる。 これらは技術一つ一つが目新しい訳ではないが、「水の循環」を軸にする最先端技術の集合体である。
「ツリー」という塔のふもとで用いられているこの集合体は、森林をイメージさせる人工のエコシステムを構成しているのだと解釈できるだろう。
脱原発、節電と叫ばれている今日の日本。日本のものづくり技術、世界最先端の環境・エネルギー技術を用いたスカイツリーは日本の中心・東京にある。今後の日本の環境問題への取り組みに向けて、スカイツリーは大きなメッセージを発信しているのである。
ここで取り組みに向けて、環境問題への対策を考えるとき基盤となるエコロジー思想そのものに着目する。従来のエコロジー思想は、人間と自然を別物として区別し、人間が自然を保護したり管理したりすることを起点として考えられてきた。しかし西洋的なこの考え方は、実は「人間も生態系の一部」という自然科学の常識から外れているのだ。
そこで人間と自然を区別するのではなく、人間である自己を環境に還元しようとする新しいエコロジー思想を発信していく必要がある。この思想を日本は発信すべきである。なぜなら日本は多神教、仏教といった「環境に調和すること」を説いてきた宗教を古くから信仰してきたからだ。
では自己を環境に還元する解決法をどう提示すればいいのか?
この問題を考えるとき、これまで人類は環境に適応しようとした結果、文明を生み出してきたことに注目する。「人類にとって最も適応しやすい環境」とはつまり「生物が生息しやすい環境」であり、それは結局「森」である。森に都市を近づけることが、現在の環境問題に対する人類全体の普遍的な解決策となるのである。
東京という街にそびえる巨大な樹木であるスカイツリーは、都市環境を日本のものづくり技術を用いて『森』化するシンボルとなる。スカイツリーはこういった日本の環境問題への姿勢を明確化しているのである。
伝統を再生させるデザインとしてのスカイツリー
実際にスカイツリーを見てみると、場所によっては傾いて見える。それは、塔体の低層部は正三角形になっているのに、頭部にかけてだんだん円形に変化している事に理由がある。この構造が見る角度によって異なる曲線をゆるやかに構成しているのだ。ここには日本刀の「そり」や日本の伝統建築の「むくり」の美的要素が盛り込まれている。
また実は、スカイツリーは東京タワーの2倍近くの高さを持つのに東京タワーよりも狭い土地に建設されている。この制限の中で地震国としてタワーを建設する際専門家が注目したのが、法隆寺などの五重塔である。
スカイツリーの塔体の中心部には「心柱」という円筒があり、その上に地上デジタルのアンテナ「ゲイン塔」が乗っている。
この心柱と塔体はオイルダンパーを挟んでいるので、互いに独立して変形するようになっていて、この二つの揺れ違いが全体の揺れを補って相殺している。実はこの構造は五重塔からヒントを得ている。五重塔も中心の心柱は直接周囲の構造物を支えず、心柱を中心に各層が独立した柔構造となっているのだ。
ここで注目したいのが、世界各地の従来のタワーにおける歴史性や地域性と、スカイツリーにおけるそれらは一線を画しているということである。
たとえばパリのエッフェル塔では、敢えて歴史的美学にこだわり当時最先端からは遅れた素材であった錬鉄を使ったり歴史趣味的な装飾を施したりと、塔としての純粋な機能としては必要のない材料が芸術のために用いられた。それに対して、スカイツリーは「地震国」としての合理性を一番に優先させた結果として、五重塔という歴史建造物に行き当たった。伝統にこだわった結果として五重塔の構造が採用された訳ではないのだ。
明治以降、科学合理主義をベースに「進歩」のため「西洋化」してきた日本。しかし今、江戸を始めとする日本古来の伝統を見直す局面がやってきたことをスカイツリーは示している。それは単なる伝統至上主義ではない。日本の風土に即して古来発展してきた伝統技術や文化と、西洋文明を融合させること。
五重塔を、西洋技術から発展してきた現代の最先端技術によって現代に甦らせたように、西洋と伝統の融合こそがこれからの日本において必要であるとスカイツリーは提示しているのだ。
この他にもスカイツリーは、災害時の防災機能としても期待され、「墨田区」という歴史ある街を活性化する役割も担っている。
情報通信技術の在り方、環境問題への取り組み、伝統の再認識…あの日本の中心にある大きな「ツリー」は、多くの期待と希望を担い、多くのメッセージを発信している。
何よりも、日本のシンボルとして。
スカイツリーによって再発見した日本の魅力を、世界そして後世に伝えることが、スカイツリーが私たちに託した役目なのではないだろうか。
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