【時代】を【ロボット】で紐解く

その大きすぎる存在から人々を魅了してきたアニメにおけるロボットたち。この大きなロボットたちは視聴者に何を伝えてきたのだろうか?時代の変遷をたどれば皆のヒーロー達がなにを表象していたのかが見えてくるのでは… 


60年代 【大きな物語】を生きる 

高度経済成長を迎え、戦後の日本はみるみるうちに活力を取り戻していく。それを加速させたのが「アトム」と「鉄人28号」の2大アニメだ。 迫り来る外敵を困難とみなし、苦労を乗り越え、打ち勝っていく姿に自分たちを投影する。これにより、みんなが経済成長という一つの目標にコミットしていくことをより強固にしていた。



70年代 物語の崩壊、リアルの行方

高度経済成長に終りが見え始め、第四次中東戦争の勃発により、日本人は現実にシリアスになっていく。そんな中70年代後半に今までとは全く異なる作品が登場する。「機動戦士ガンダム」である。


リアルな戦争を忠実に描き、旧来の外から現れる敵とは違って、同じ人間との戦いを描く「機動戦士ガンダム」。スペシャルな必殺技もない汎用機であり、戦争の道具として実戦の投入されていくガンダム。現実にシリアスな70年代の後半だったからこそヒットしえた作品、それが「機動戦士ガンダム」ではなかろうか。



80年代 表層的な作品群

言わずと知れたバブル好景気。ガンダムに始まったアニメ視聴者の年齢層の上昇。その結果、バブル世代がアニメにもって印象は「面白い」ではなく、「金になる」であった。プラモデルなどの幅広いメディアへの展開、多くの作品のシリーズ化、商業的な部分が随所に見られる。


そして当然のごとく量産していくが故に作品の質は低下していく。不覚にもこの商業化がバブル景気を主体とした80年代を如実に露わしている。



90年代 社会への不安

オウム真理教、阪神淡路大震災。95年は日本とターニングポイントであり、社会に対する不信が拡大が加速していく契機でもある。


そこに生まれた作品が「新世紀エヴァンゲリオン」である。この作品は今までのロボットアニメとは明らかに隔絶している。


今までのロボットアニメでは、必ずロボットに乗る際には必ず好意的な面があるのに対し、エヴァンゲリオン搭乗者、主人公でもある碇シンジは最後まで搭乗することを拒む場面が描かれる。ここには90年代の「オタク社会」、引きこもりの世代に多大なシンパシーを浴びせたことは間違いない。


劇場版のラスト、碇シンジ自分が仲の良い相手の首を絞める。


これはどんなに現実を拒もうともいつかは必ずヒトと接しなければ前へ進めないという製作監督庵野秀明の答えなのだろうか?


はたまた全く逆のストーリーを描いていたのだろうか? 


図らずともこの後エヴァンゲリオンのオマージュとも言える作品が次々と出現してくるのはエヴァンゲリオンがただいな影響力を発揮したことをうかがわせる。社会不安に打ち勝てる要素を呈示しようとする作品がこれ以降多く出現してくる。



これからの「ロボット」 

人々がみんな同じ一つの目標に突き進んでいく「大きな物語」が遥か昔に崩壊し、社会に対する不安からどんどん自分の世界へと閉じこもっていく「小さな物語」へと以降していく。これが本当に日本の正しい未来であるのか。


偶然か必然は定かではないがここまで述べてきたように今までのロボットアニメは社会をありのまま顕しているもの、社会の在るべき姿を映し出しているものが多く存在している。そんな中、エヴァンゲリオン以降時代のキーとなる作品は傑出していないように思われる。


新たな突出した作品が生まれた時、そこに時代に対する答えが託されているのではないだろうか?


そう考えると今後の作品にも非常に期待がもてるであろう… 

0コメント

  • 1000 / 1000