二次元美少女の魅力と絶対に成立しない両想い

2010年の3月10日に起きたある出来事といって何かが思い浮かぶ人はあまり多くないだろう。しかし、このキーワードで思い当たる人がいるかもしれない。「韓国」「フェイト」「抱き枕」「結婚」。そう、この日こそ、李仁圭さん(当時28歳)が日本のアニメ「魔法少女リリカルなのは」に登場するキャラクター「フェイト・テスタロッタ(の抱き枕)」と結婚式を挙げた記念日なのである。 


恐らくポップカルチャー(通称・オタク文化)と無縁の人は意味がわからないだろう。残念ながらオタクサイドからしてみても意味不明である。


しかし、我々アキバ系はこの出来事を生暖かく歓迎した。どうかお幸せに、と。この記事を書くにあたって色々なワードで検索してみたが、どうやら李仁圭氏より早い2009年に、ゲーム「ラブプラス」のキャラクター「姉ヶ崎寧々」と結婚した日本の男性もいたみたいだ。彼は結婚式はグアム、披露宴は日本で行うという気合の入りっぷりである。 

さて、本題に入る。


確かに抱き枕と実際に挙式してしまうのは、我々からしてみても理解不能な出来事ではあった。しかし二次元好きのオタクの中で「俺の嫁」という言葉がスラングとして定着する程、多くのオタクがアニメや漫画・小説などに登場するキャラクターに恋愛感情を抱いているような旨の発言をする。普通の人ならばこう言うだろう、「実在していない人物に恋愛感情を向けるなぞ訳が分からぬ、頭がおかしいに違いない」、と。


そう、確かに常識に照らし合わせてみれば我々の頭はおかしい。ただのデータ、奥行きの無い人物に対する恋愛など成立し得ない。


――本当だろうか?


まず最初にゲームやアニメのキャラクターと結婚した男たちの話だが、これと似たような話のキーワードとして「対物性愛」というものがある。字面を見るだけで意味がお分かりいただけるだろう。過去の事例を紐解くと、どうやらこの世界にはエッフェル塔と結婚したアメリカ人、ベルリンの壁と結婚したスウェーデン人、そして自分自身と結婚した中国人がいるようだ。


流石に自分自身は意味が分からず、” Liu Ye Zhuhai”で検索した所画像が出てきた。冗談か否かは分からないが、少なくとも人間の異性以外に対しても人は恋愛感情を抱けるということなのだろう。 

そして、キャラクター達は物ではなく、それぞれの作品の世界の中で動く人である。ポップカルチャーが浸透するにつれ、良質な作品が多く生まれるようになった。二次元文化に本質的に渦巻く感情は「愛」であるといっても過言ではないだろう。作中の主人公たちが恋愛を繰り広げる他にも、「友情愛」や「親子愛」など、人と人との好意的な関係は二次元を取り巻く世界に多く存在しているし、視聴者がキャラクターを「可愛い」「萌える」と思う感情は愛情たり得る。


これを気持ち悪いと思う人も多いかとは思う。二次元そのものが理解し難い人もいるだろう。二次元作品を嗜みはするが、いわゆるキモオタが嫌いな人もいると思う。しかし、二次元のキャラクターを動かしている脚本家はやはり人間だ。そんな生身の人間が大真面目に魅力的に描こうとするキャラクターが、魅力的でないことがあるだろうか。 


次元論争記事にて取り上げられるかもしれないが、二次元好きの特徴としてストーリー性を求めるというものが挙がった。登場人物たちがそれぞれの世界でどのように生き、悩み、哀しみ、そして幸せになるのか、その一連の物語、言わばキャラクター達の人生に重きを置くのである。我々はただの絵に恋しているのではない。絵画データである容姿だけでなく、キャラクターの人間らしさや個性、そういったものに恋するのである。そして想像するのだ。彼氏彼女達がもし自分の生活にいたのなら、どういう風になるだろう、と。


つまり、重度のオタクにかかれば二次元キャラは生きているのに等しいのだ。


最後に、蛇足ながら私の話をしよう。まず断っておくが、私は三次元の女性も好きになるということをご了承頂きたい。


さて、私には以前心に誓った「俺の嫁」がいた。一年前に「別れた」が。アイドル事務所に所属しながらもストイックに歌手を目指している、青いあの子だ。まるで本当に自分が彼女をプロデュースしているかのような錯覚を与えてくれるゲームの、主役級の一人である彼女。

最初は単純に容姿が好みでキャラクターを選んだのが、ゲームが進むうちに彼女の抱える苦悩や意外な一面、思春期特有の危うさなどを目の当たりにし、段々と彼女をあたかも実際に生きている人間のように思い始めた。そんな説得力のあるシナリオだった。


彼女の「プロデューサー」という呼び声は勿論不特定多数に向けられた、誰かが考えた文章だ。それでもである。小説の中のキャラクターの人間らしさや格好良い生き様を、あなたは「所詮小説だから」と否定するだろうか?


小説だと思いこそすれ、その生き様までを否定することはしないだろう。そのキャラクターがその作品の中で生きている、そう思っているはずだ。 


ただしこの恋は成就しないし、愛したキャラクターと結婚することもできない。何故なら、自分がどんなに相手を好きでも、肝心の相手の同意があるとは見なされないからだ。 我々の多くが二次元のキャラクターに本気とも偽りとも分からぬ恋をする。相手が実際にどう思っているのか、自分を好いてくれているのか。それは絶対に分かりえない、究極の片想いである。

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