コンフォータブル(3)

 高校に入って最初の文化祭の時、僕はその油絵を美術室の隅に展示した。僕は寺島が来るかと思って文化祭の間中、美術室で留守番をしていたが、寺島は僕がまた絵を描きはじめたことに対して昔ほどの興味もないようで、結局僕の絵を見に来ることはなかった。後から聞いた話だと寺島は文化祭の日はすべて、映画館に行って朝から晩まで映画を見ていたらしい。僕は寺島にその絵を見せたかったのか、見られたくなかったのかわからない。だけど、僕の絵を見てくれたあるお婆さんが一言、「きれいな絵ですね」と話しかけてきてくれた。僕にとってはそれで十分だった。ここには正当な評価を得られる回路がある。そう思っただけで自分がここにいる理由になった。油絵を、もっともっと描こう。


 学年が上がっても寺島はアメコミのヒーローの絵を描き続けていたし、なんだかよくわからないけれど昔よりもぐん、とうまくなっているように感じた。到底僕には描けない、寺島の癖が出た絵を描くようになっていた。


 周囲の評価も変わらなかった。クラスメイトの中では絵がうまいといえば、僕ではなく、寺島。寺島。寺島。ただ、僕にとってはそんなことは僕の人生に何も関係がなかった。僕には僕だけの、絵を描く場所があった。放課後の美術室の乾ききった空気の中で、イーゼルの上に立てかけられた絵と向き合うその時間。いつしかそれが僕にとって唯一の、この世界への態度表明になっていた。


 上田先生はそんな自分を認めてくれた。普段は何も言わないが、僕が絵を一枚描き終わると、後でその絵をしっかりと見てくれていることを僕は知っていた。美術室に来て、完成した絵を再び取り出す時に注意して見ると、いつも絵の立てかけておいた位置が微妙に変わっていた。


 美術部には僕の後に入部する生徒がおらず、後輩はいなかった。僕が熱心に部活動の紹介をしなかったからでもあるが、僕の学年が上田先生に対して全くいい印象を持っていなかったからでもあった。いつしか放課後の美術室は僕だけの空間と化していった。なにか自分は特別な瞬間に居合わせているような気がした。みんなとは違う何かを与えられているような気がしていた。


 寺島が映画監督を目指すために東京の大学の映画学科に進学すると言いはじめたのは、先月くらいだっただろうか。周囲の友人たちは寺島に、その方がいいよ、やっぱり映画撮るのとか向いてるよなんて言っていたが、それを本気で言っているのかどうかはわからなかった。


 丁度その頃から、来たるべき進路選択や受験に向けて、教室の雰囲気は段々と変わってきていた。普段、勉強も何もしていないような奴が、名のある大学を志望校にすると言っていた。美容師になるという奴もいた。みんな、突然に夢を語りはじめた。ヤンキーもオタクも、そして寺島も。でも寺島はまだ絵を描いていた。授業中、教師の言葉は一言も聞かず背中を丸めてヒーローの絵ばかり描いて、クラスメイトに見せていた。それは僕から見ても、映画監督になるには覚悟が足りていないように思えた。


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