京都へのラブレター


拝啓、京都さま。 


はじめてお手紙差し上げます。  


わたくしは京都大学に在籍している者で、もうすぐ卒業を控えた身になっております。  


あなたさま――私たちが「京都」と呼んでいる街そのもの――にお手紙を差し上げる日が来ようとは露ほども思わず。こうして筆をとる機会があったところで、なにをかいていいのやら、と私は少しばかり戸惑う次第です。 


思えば、あなたとの出会いは中学校の修学旅行でした。


当時14歳だった私は、まるで写真のような街並みに恋をしました。


祇園の街で初めて見かけた舞妓さんの後ろ姿、金閣寺で時間を気にしながら食べた抹茶パフェ、当時付き合いたっていた受験生の先輩に買っていったお守り……なにやら思い出すだけで胸の奥がこそばゆくなります。


今思えばいかにも京都の修学旅行生らしいベタな記憶ばかり。ですが当時は、はじめて訪れた京都という街に酔っ払い、京都という街そのものへの恋心に胸を高鳴らせておりました。


それからあなたとのお付き合いは、オープンキャンパスなるもので大学を訪れたり、新選組が好きだった私がそれはもう奇声を発しながらゆかりの地をまわったりと、観光客としての距離を保ちながら続いてゆきました。


あなたにとっては一観光客でしかなかった私ですが、私にとってあなたはただの「街」を超えた―――なにやら魅惑の場所に、なっていきました。  


当時読んでいた本、たとえば森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』、たとえば川端康成の『古都』、たとえば与謝野晶子の『みだれ髪』……そんな本に出てくるあなたは、いつも、高校生の私を惹きつけるくらいの「予感」と「秘密」に満ちた場所でした。


どこか「思わせぶり」ながらも、その予感を超えて、人々を深く沈ませてしまうような。こんな抽象的な言い方じゃ伝わらないかしら。とにかく、高校生の私は、本の中に出てくるあなたに恋しながら毎日を過ごしておりました。  


そんな私の恋が成就したのは4年前の春。とうとう私は京都の大学生になりました。


京都に住める!そんなふうに目を輝かせてやってきた私は―――そのうち、あなたといるのがなにやら「日常」になってしまいました。あなたは、そう、恋の相手というより、そこにいつでもいるお母さんのような存在になっていったのです。  


私は京都での大学生活をそれはもう堪能いたしました。


サークルの友達と寺社仏閣を巡り、よくわからない仏像をぼんやり眺め、桜や紅葉のライトアップなんてものに彼氏や彼氏でない人と何度も行きました。


百万遍の交差点で友達と待ち合わせ、鴨川デルタで深夜にお酒を飲み、等間隔の法則をみんなで罵り、あの景色を見ながら橋の上を何度も渡りました。(鴨川ってなんでこんなにノスタルジックな場所なのでしょう) 


同時に、私は悶々と自分の将来や人間関係、目の前の勉強内容や本の解釈にぐるぐる思いを馳せるのに毎日を使い、自分が京都の街に住んでいることを、当たり前だと思うようになりました。 


あなたはいつもそこにいたので、なんというか、その空気に私は飲み込まれていったような気がします。京都という街は観光客にとってみれば面白い街だけども、住むにしてはさむすぎるしあつすぎるなぁ、くらいに思っていました。


―――しかし、私がその事実に気づいたのは、いわゆる就職活動をして、東京に行く機会が多くなったとき。 東京に行ってはじめて私は、あ、私、京都がものすごく好きみたいだ、という事実を思い出したのです。


東京と京都は違う街です。それは東京に行けば行くほど分かる違いで、あなたのあなたらしさを分かるにはじゅうぶんな違いでした。そして私は、ああ、同じ日本といえど、私は京都のあの空気が好きで、あそこの水がいちばんおいしいって思うようになってたんだ、って改めて思ったのです。


まるでそれは、初恋の人に再会したような、むしろ初恋の人がそばにいることを思い出したような気分でした。 


その時です、「街」に人格があるんだ、と思うようになったのは。 東京も京都も人格があって、私に比較的合うのと合わないのがいる。京都という人格は、私にとってとても一緒にいて居心地のいいものだったんだなぁ、と。


そんなわけで、あなたという、京都という人格そのものへ、いつかお話をしてみたくて、私は今こんな手紙を書いてしまっているのです。


あなたはいつだって思わせぶりで、なんというか歴史や伝統なんていうぼやっとしたものに頼りながら「なんかすごいものがあるぞあるぞ」と見せかけながらも、実は何があるのか皆よく分かっていません。何がすごいのか、別に何もすごくないのか、実のところ誰もよく分からないのです。


もちろん私も。  


だけどやっぱり街は予感でいっぱいで、「なんかやっぱり何かがここにはあるんじゃないか」と思わせるにはじゅうぶんなので、皆が「京都はいいところだ」と言って、お金を落としていってくれるのです。あなたはなかなかやり手だなぁ、と私は思います。  


やり手なところはやり手なままで、どうぞそのまま、あなたがあなたらしいままで、京都として存在し続けててほしいと心から願います。


きっとあなたはここで過ごしたたくさんの学生のノスタルジーを抱え込み続けるので。どうかそのノスタルジーをそのままに置いておけるよう、あなたはあなたらしくずっといてほしいです。 


初めてお便り差し上げましたが、なにやら恋文のようなものになってしまいました。 とりとめのない文章でしたが、どうぞこれからも、何卒よろしくお願い致します。


ほんとうのところは自意識にまみれたぬるま湯なのかもしれませんが、京都という街が、私はとても大好きです。


敬具

0コメント

  • 1000 / 1000