神話と愛、この二つの単語を見てあなたは何を連想するだろう。
ギリシア神話の恋心と性愛を司る神エロス?
ゼウスのプレイボーイぶりとヘラの嫉妬?
あるいは北欧神話のフレイヤの自由奔放ぶりか、日本神話のイザナギとイザナミのおどろおどろしくミステリアスな夫婦であろうか。
ここでは神々の愛を取り上げ、人間の愛との関係を取り上げる。
ヘラ
日本での人気・知名度が高い神話といえば当然であるが日本神話、とにかく格好良い北欧神話、そして誰でも知っているギリシア神話のこの三つであると勝手に思っている。
その中でも
「ゼウスは世界を支配する神になったとはいえ、彼はその独自の、激怒したり、肉欲を持ったり、人間にあわれみの情を抱いたり、はては、神々を追放するといった劇的な個性を決して失うことは無かった」
とあるように、最高神ゼウスを筆頭にギリシア神話の神々とても人間らしいことで有名だ。他の神話が最高神を威厳ある絶対のものとして描く中、最高神であるゼウスはテュポーンとの戦いで足の腱を切られ囚われの身になり苦戦する描写がある。
このようなある種少年マンガのような展開が起こり得るのもギリシア神話の大きな特徴である。
ゼウスの正妻でありオ、リュンポス十二神の一神でもある結婚の神ヘラの嫉妬も人間らしさの一つだ。ゼウスが神から人までの様々な女性と交わる中、彼女は素早く夫の浮気を察知する。ゼウスが浮気相手との間に生んだ子供を苛めるヘラの図式は有名だ。
元々ヘラはゼウスと血の繋がった姉であり、美を司るアフロディテに劣らない美貌を持つ結婚の神だ。毎春カナトスの泉で沐浴するとうら若き処女に戻るヘラ。そんな彼女にゼウスは夢中になり猛攻撃をしかけるが、ヘラは拒絶するばかり。
というのもゼウスには既に二人の妻がいて、結婚の神であるヘラが側室に甘んじるわけにはいかなかった。結局ヘラを正妻とするという条件でゼウスとの結婚をヘラは承諾し、ギリシア全土で盛大な結婚式を開いた。
さて、この時点で妻が三人。ゼウスの遊び心がヘラへの恋で消え去ったかと言うと勿論そんなことはなく浮気は続く。アポロン、アルテミス、ヘルメス、ペルセポネ、デュオニュソス、アテネ、アレス。一度は名前を聞いたことがあるだろう、この神々は皆ギリシア神話において重要なゼウスの子供だが、この中でヘラの子供はアレスのみ。
しかもゼウス自身はアレスを嫌いに嫌う。何と不憫な女神だろうか。彼女自身は一度も浮気をしなかったというのが涙を誘う。見方によっても変わるが、ヘラは間違いなくゼウスとの恋愛の被害者だろう。例え子を孕んだ浮気相手が、一度でも日の光が当たった地では子を産ませられないように仕組んだとしても。
弟橘姫命
弟橘姫命という名前を聞いたことがあるだろうか。
古事記によると、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が西国のクマソ兄弟征伐を命じられたとき、彼は伊勢神宮にて叔母の倭姫命(ヤマトヒメノミコト)から女の衣装と短剣を授かった。この時衣装と短剣を運んできたのが弟橘姫命(オトタチバナノミコト)であった。
見事クマソ兄弟を征伐し、更に数々の反天皇豪族を討ち取り倭に凱旋する日本武尊だが、非情なことに休む暇も与えず東国十二道征伐の命が下る。仕方が無く戦勝祈願の為伊勢神宮に参った日本武尊を倭姫命は不憫に思い、天叢雲剣と袋を「危機に陥ったら使いなさい」という言葉と共に贈った。
一方日本武尊の状況を知った弟橘姫命も彼のことを想い涙する。この事に気付いていた日本武尊もまた弟橘姫命を想うが、神に仕える者として未練を断ち切り東国へと旅立つ。
しかし道中の尾張に滞在中、ぼろぼろになり涙を流しながらも「召使いで良いので私を連れて行ってください」と弟橘姫命が日本武尊を訪ねてくる。
倭姫命、引いては神に背いてまでも自分に付いてきた彼女に日本武尊は心を打たれるが、彼女の為を思って冷たくあしらう。しかし弟橘姫命は日本武尊から離れることが出来ず彼に付いて行く。
そんなある日、日本武尊が~の野原にて敵の罠に遭い炎に囲まれてしまう。その時弟橘姫命は日本武尊を助けるために彼の前に飛び出してしまう。
結果的に日本武尊は倭姫命から授かった天叢雲剣と火打ち石によって機転を利かし助かるが、この事に感動した日本武尊は今までの考えを変え、弟橘姫命と契りを結ぶことになる。ちなみにこの時草を薙いだ天叢雲剣が草薙の剣と後に呼ばれることになる。
いよいよ東国征伐に乗り出し意気揚々と大海原に乗り出した日本武尊軍と夫妻であったが、走水(はしりみず)の海の神が大波を起こし、船は沈没の危機に瀕する。
「私が神に背いたせいで海の神が怒って私たちを殺そうとしているのでしょう。あなたはここで死なせるわけにはいきません。さねさし相武の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも(相模野の燃える火の中で私を気遣い声をかけて下さったあなたよ……)」
という言葉と共に海に身を投げると、海の神は怒りを鎮め、船団は無事東国につき蝦夷までを平定した。妻を失った日本武尊は「吾妻はや(ああ妻よ)」と弟橘姫命の死を悼んだ。二人の言葉から、二人がいかに愛し合っていたかが分かるだろう。
神話と愛とは
今取り上げた二人の神々の「嫉妬」と「自己犠牲」の話は我々人間でもよくある話である。自分のやりたいことよりも相手のやりたいことを優先させる、みたいな簡単な自己犠牲から、果ては仕事を辞めて専業主婦になるなんていうのもよくある話だが決して簡単に決断出来ない自己犠牲であろう。嫉妬の方は言うまでもあるまい。
中には他人を妬ましく思わないという聖人のような、或いは朴念仁のような方もいらっしゃるのだろうが、大抵の人間は他の人に様々なコンプレックスを感じて生きていくものだろう。
神話には、ありとあらゆる愛の話が詰まっている。もしあなたが何か恋愛絡みの問題で悩んだとき――神話の本を開いてみると、打開策が開けるかもしれない。
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