注意:SPEC、ケイゾクのネタバレがあります。
先日,SPEC漸ノ編を観てきた。
再びドラマのキャラクター達の姿が見れる喜び、役者の素晴らしい演技などに満足した一方で映画館に1200円払った身としては、話がほとんど進まなかったことや上映時間が他の映画に比べ少ないこと、回想シーンの多さなどに少々の不満を持つこととなった。
それでも一人のSPECファンとしてはこの続編、そしてSPECという物語に期待、満足をしている。
ドラマ版SPECを初めて見て感じたのはSPECの10年前の物語にあたる同監督のケイゾク、そして堤監督の代表作のTRICKとかなりかぶるところがあり、意識して作られているなということである。
SPECの知的で変人な女性である当麻と体力メインの瀬文という主人公二人ペアのところは、ケイゾクの柴田と真山そしてTRICKの山田と上田を連想させるところがある。
そしてSPECの前半は単体の事件メインからどんどん謎が深まっていき最後に大きな事件を解決するというストーリーの流れもケイゾクと同じであり、最後の敵もドラマSPECでは津田助広の一人である地居聖とケイゾクの他の人に成り代われる朝倉を思い出させるものであった。
またSPECの、一見普通のミステリーと思わせながらも実は特殊能力を持つ者の仕業であるというところはTRICKの、一見特殊能力を持つ者の仕業であるかと思わせながらも実はすべてトリックによるものであるというストーリーの真逆を行くものでありこのことは、10年という長い年数による社会の移り変わりによって視聴者の求めるストーリーが変化していきTRICKに刃向うようなものとなったのである。
これだとSPECは堤監督の今までのドラマの総集編のようなものに感じるかもしれないが、そんなことはない。
SPECを見て海外のドラマ作品である「HEROES」や「FRINGE」を思いだした方も多いのではなかろうか。このSPECには今までの日本のドラマにはなかった異能力バトルという海外ドラマや日本の漫画的要素を含みながらも成功している。
そして多くの複線、謎を詰め込み回収していくという今までのドラマや映画では表現が難しかったミステリー的な手法を高いクオリティーでふんだんに混ぜ合わせ演出することによって視聴者に多くの予想、考察させ魅了させる作品となっている。
つまりSPECは今まで成功したドラマの手順をおさえながらも新しい要素を含めることで最近のありきたりなストーリーや演出しかできなくなったマンネリ化した日本のドラマの新しい道を示してくれる作品となっているのだ。
ところで私が劇場版SPEC漸ノ編を含めた堤監督の映画を今まで見て思ったことがある。
堤監督の作品はドラマだと完成度が高く面白いのに映画になるとそこまで面白くないなと。
実際、一般大衆にはある程度知名度がありそこそこの興業収入がある一方、コアな映画ファンの中では堤監督の映画の評価は低く嫌いな人が多いという現状がある。
なぜだろうか?
そこを考えてみる上で堤監督の魅力をまずSPECを例示に挙げながら考えていきたい。
堤監督は別の場所にテントを設置し、その中でモニターを通して撮影の指示を出し、その場で映像を編集するという手法でスタイリッシュなカメラワーク、大胆な演出を行い、監督が手掛けた作品はどれも堤監督色が出ているといっても過言ではない。
まず監督の演出の特徴の一つとして細かなコマ割りを挙げることができる。当麻が謎解きの時に習字をするシーンを思い出してほしい。この時は回想、習字のシーン、当麻が破った紙が舞い散るシーンなどと多くのコマに分けられている。もう一度見返してもらったらわかるがこの場面は毎話どれも一秒一コマ以下という凄く細やかなコマ割りが行われている。
このようなコマ割りは他の監督には見られないものである。
またコマ割りにもつながることであるがキャラクターを映像としてうまく映し出し視聴者に伝えることも上手である。先程とりあげたシーンや他の多くのコマ割りを活用することで当麻という変人、天才キャラそして瀬文の体力バカで不器用なキャラを分かりやすく伝えることを可能にしている。
また堤監督は編集作業を重視する人とも知られており、SPECでは超能力を題材にしているということもあり超能力描写では編集を存分に使用している。
それに加えて堤監督の作品の特徴はなんといっても小ネタではなかろうか。SPECは異能力バトルであるためなのか、同じくスタンドを使って異能力バトルを繰り広げるジョジョシリーズをリスペクトしており星形のアザや時間を止める能力、ジョジョの名言「時は動き出す」などを使用している。
また、毎話ごとに変わる未詳の中に張られる指名手配犯のポスターは当時ドラマで放送されていた時期の裏番組を表しているものである。気付かなかった人はもう一度見て確認してほしい。
小ネタの数はとても多く数えきれないほどである。堤監督のファンはこのような小ネタを楽しみにしている人も少なくはない。
これらの特色を踏まえたうえで本題に戻るが堤監督の映画がドラマと比べ面白くないと感じるのはなぜだろうか?
これは堤監督の作品の特色に拠るところもあるように思える。先程挙げた特徴的なカメラワーク、コマ割り、小ネタなどはドラマなどの一時間の間を持たせ視聴者を楽しませるという意味では効果的なやり方であるが長時間の映画だと視聴者のモチベーションを持たせることはかなり難しくなる。
また堤監督お得意のキャラをうまく映し出すという手法も連続ドラマという場で話数を積み重ねることや、キャラがすでに確定したドラマの映画版ではできることである。
このことはケイゾクの特別編で初出場した生瀬勝彦が演じる遠山金太郎がケイゾクの劇場版ではほとんど出番がなく終わったことがキャラを見せていく時間がなければ上手に扱うことができないことを象徴しているだろう。
そしてBECKや20世紀少年のような原作ありきの作品は原作を忠実に再現するだけではなく堤監督の持ち味である演出を必要以上に使うことで原作の良さを消してしまうことがあり、皮肉な結果となっている。
こういったことを理由として堤監督は映画作品には向いていなく、ドラマなどのほうがより魅力を引き出せるのだ。
映画界では賛否両論あるものの堤監督は未だに日本の代表的な映画監督であり、演出という点においては堤監督を超えた監督は未だに表れていないように思える。
今のゆっくりと衰退していく日本の映画界において、どんどんと新しいものを取り入れる姿勢を見せる堤監督は重要なファクターであり、これからもSPECのような新しいものを生み出し映画界に革新をもたらしてくれることを期待している。
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