「終了五分前になりました」
愛想の悪い顔で、僕の隣の愛里が言った。愛里は入社一年目の同期だが、いまだに打ち解けられたためしがない。愛里がときおり見せる、すこしはにかんだ笑顔を僕がお目にかかることは今後あるのだろうか。そんなことを考えながら、僕は目の前の面接者にこう言った。
「それでは最後に、何か質問はございませんか?」
人事部。そこが僕の配属された部署だった。人手の少ない我が社では、入社一年目の社員もすぐに面接を担当しなければならない。今回も一通りの質問を終えて、面接恒例の逆質問で締めくくった。そもそも僕にとってはそれまでの質問だけで精いっぱいというのが実情だ。しかし一息つく間もなく、その面接者はこう言い放った。
「終了五分前? そんなのは関係ないだろう、なんなんだ、この面接は!」
場の空気が凍りつく。弛緩していた僕の顔も一気に引き締まる。想像もしなかった展開に、さっきまで無愛想だった愛里も、さすがにうろたえている。しかし今回の担当は僕だ。僕が担当しなければならない。
「お言葉ですが、何かお気に障ることを申し上げましたでしょうか……」
「まず全般的なこととして、抽象的な質問が多くて困るよ。そんな質問で自分たちが本当に聞きたいことを聞けているの? ちゃんと今日の面接の準備をしてきたの?」
図星だった。今週に入ってから激務が続き、今回の面接に十分に用意をしてきたとは言えなかった。ここまで言われて悔しい反面、こんな面接にかける時間があるわけがないだろう、と心の中で納得している自分もいた。しかし引き下がるわけにもいかない。僕は反論した。
「それはあなたに抽象的な質問をあえてすることで、仕事へのビジョンを自発的に答えてもらうためです。ここから仕事の価値観、熱意、自社の社風や方向性とのマッチングを見極められると考えております」
100点満点の回答だった。なぜならこれは鈴木という人事部の課長が常日頃、口にしている言葉の受け売りだったからだ。仕事の価値観、熱意、社風への理解。もっとも鈴木課長にはこうしたビジョンはなかった。毎日のように部下に激務を押し付け、自分は差し置いて部下の仕事に嫌味ったらしく難癖をつける。それで平然と、自分が理想的な社員だという物言いをしている。そんな鈴木課長への不満がふつふつと湧きあがってきたとき、面接者はつづけざまに言い放った。
「ふーん、そう。実はね、僕は今日、用意してきた履歴書の内容とほとんど同じことしか言わなかったんだよ。僕だって仕事へのビジョンについて具体的に聞かれるのかと思ってずっと待っていた。でも結果は、表面上当たり障りのない会話ばかりの面接だった。きちんと用意してきた履歴書に目は通したの? 具体的に話を掘り下げようとした? そうでないなら、職務怠慢じゃないの?」
そうか、カマをかけられていたというわけか。やられた。しかし、この男は我が社の実態を分かってこんな発言をしているのだろうか。そもそも鈴木課長のせいで毎日残業、毎晩飲み会、睡眠時間はもっぱら通勤の電車内だ。四人いた同期も、この半年で俺と愛里の二人だけになってしまった。今日だって二時間しか寝ていない。この事実をきちんと客観的に把握もしないで好き勝手なことを言いやがって。湧き上がる不条理さを押しとどめる僕に、とどめの一言が放たれた。
「最後にその態度。いくらリクルート面接だからって、そんな横柄な態度を見せたらこっちが不快になるよ。この仕事、向いてないんじゃない? 辞めちゃえば?」
横柄だって? 本気で言っているのか? いずれにせよ、こいつにここまで罵倒される筋合いはない。こっちだってなにも好きで準備できなかったわけではない。寝る間を惜しんで働いてきた結果がこれだ。そもそもなんでここまで仕事を押し付けられなきゃいけない? そしてなんでこんな目に遭わなければいけない? そもそも、誰のせいで!
その時ふと、愛里の手元にあったタイマーが鳴り始める。愛里はすっかり腰が抜けたような表情で、かすかに声を出しながら言った。
「め、面接時間終了です……」
「こんな会社、こっちから辞めてやる!!」
僕はそう言い放つと、目の前の面接者につかみかかり、渾身の力を込めてその頬をぶん殴った。ついでに、この半年の恨みもこめて。
「鈴木課長!」
今まで聞いたこともないような愛里の叫び声を背にして、僕は人事部の部屋から飛び出していた。ダメ上司鈴木。お前なんかを相手にして模擬面接なんかやれるわけがないだろう、ばかばかしい。今後のことはさておき、その時の僕の心は、不思議なくらい晴れやかだった。
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