朝井リョウという処方箋|僕らはきっと「目に見えない声」に守られている。

先日、今さら朝井リョウの『武道館』を読んだ。


テーマはアイドル。


売れはじめたアイドルグループとメンバーである高校生の少女の葛藤を描いた話であり、恋愛禁止やスルースキル、握手会に炎上など昨今のアイドル業界を絶妙に表現していてやけにリアルだ。


また作中ではかつて謝罪会見で頭を丸めた某アイドルにも言及されており、懐かしさを感じた。

さて本作を読んだ感想としては、朝井リョウはいつだって「目に見えない声」を思い出させてくれる存在、処方箋のような作家ではないだろうか。


作中では主人公のアイドルグループは幾度となく炎上する。「劣化」「ヤリマン」「調子にのっている」と、SNSや掲示板では暴力的な言葉が飛び交い、まさに現代の2ちゃんまとめスレだ。


だけどここで強調されていたのは、ネットでよく見かける悪意的な言葉を発する人たちの影に隠れた、肯定的な人々の存在である。


彼らは決して声に出さないから、目にも見えない。アイドルやバンドを叩くまとめスレが多く見られる一方で、多くの人が彼らのYouTubeを再生しファンクラブに参加しているという現実は確かに存在する。


確かにデジタル化された現代では僕たちへの批判や攻撃は昔よりも目に見えやすくなった。だけど本当はどこかで多くのサポーターが声を潜めながら、あなたを応援しているのかもしれない。


もしかしたら誰か1人があなたに厳しい言葉を投げかける裏で、別の10人があなたを支える言葉を飲み込んでいたのかもしれない。世の中にはあなたの不幸を願う人もいれば、幸せを願っている人だっているはずだ。

また10月に映画が公開された『何者』においても、この「目に見えない声」という視点が垣間見える。


ツイッターの140字に選んだ言葉がその人を表すのではなく、選ばれなかった言葉のほうがその人を表している、という作者のメッセージが印象的だ。


そもそも感情が流動的なものである以上、批判的な言葉が100%悪意で構成されているとは限らない。友達の好きな所があれば嫌いな所もあるし、嫌いな日も好きな日もある。その瞬間に弾き出された言葉は1つでも、そこに詰まっている感情は1つではないはずだ。


だから鋭い言葉の裏には悪意しかない、わけではないかもしれない。

だったら貴方を応援する言葉は、偶然選ばれなかっただけという捉え方だってできる。


この世界には、「目に見えない声」がある。

そう思えると、生きていくのが少しだけ楽になる。 


そんな当たり前のことを思い出させてくれるのが朝井リョウだ。

つまり誰かの言葉で息苦しくなった時は朝井リョウを読もうという話。

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