ブランドの落とし穴

ブランドとはプラスの効果を生むだけのものなのか、それともブランドにはデメリットがあるのか? 本記事では三つの角度からブランドに切り込む。


●ケース1「スタバでMac」はダサい ~消費者視点から~ 

最近しばしば引き合いに出されるようになった、「スターバックスでMacBookを使いながらドヤ顔するやつ(笑)」という人物像。


なぜ彼らは笑いものになったのか? 

また、ブランドがマイナスイメージに転じる条件とは何なのだろうか? 


超軽量・薄型という特徴と洗練されたデザインで人気のMacBookAirの日本上陸が、2011年7月。このころから徐々にMacの認知度は高まり、「おしゃれなPC」ブランドとして確立していった。 


そしてスターバックス・コーヒーもまた、おしゃれなカフェチェーン店として人気が高かった。加えて、スターバックスでは2012年7月より無料で使えるWi―Fi環境の提供が開始された。これにより、スタバでパソコンを使う人が増加した。


このような状況に後押しされて、「スタバでMac」というアイコンが生まれたようだ。スタバとMacの共通項は、企業側から積極的にブランドイメージの形成がなされていること、そして実際におしゃれなブランドとして世間的に認知されていることである。


これらを同時に利用することは、おしゃれアピールとして盤石すぎる。そのためにかえって右記の人物像がネタ扱いされたようである。流行に乗ることはおしゃれの基本であるものの、やはり乗りすぎは良くないらしい。 


ブランドがマイナスイメージに転じるのはこのような場合だけではないだろう。だがその原因の一つに、ブランドの過剰利用による周囲からの反発というものがあるのは間違いない。 



●ケース2 コカ・コーラの誤算 ~企業視点から~

商品開発とマーケティングへの莫大な投資の末、ひとたびブランドとして確立すれば、その効果は非常に長く継続し、企業は多大な恩恵を授かることになる。そのブランドイメージを慎重に守ることが、ブランド戦略の一つの要だ。


しかしとある大企業は、ブランドイメージの保護を蔑ろにしたことで失敗してしまった過去を持つ。コカ・コーラ社である。 


1975年、ライバル企業のペプシ・コーラが大胆な比較広告戦略を打ち出した。「目隠しをした消費者がペプシとコークを飲み比べて、どちらがおいしいか判断させたところ、ペプシが圧勝した」という内容のものだ。


大きな話題を呼んだこの広告により、ペプシはシェアを伸ばした。 渦中のコカ・コーラは自社の看板商品であるコークへの自信を喪失したのか、1983年にリニューアルを仕掛け「ニュー・コーク」を発売した。この新商品には多大な費用が投じられた。


だが人気と信頼を得てブランドとして確立したコークの味をやすやすと変えてしまったのは、大きな過ちだった。ブランドを根こそぎ壊すようなこの行為の結果、全米各地で「コークの味を元に戻せ」という反対デモが発生するまでに至り、売上げも低迷した。


新コークの発売からわずか3カ月で、従来の製品を「コカ・コーラ クラシック」として再販することで、コカ・コーラ社はなんとか急場をしのぐことに成功した。 


ブランド戦略はうまくいけば大きな利益も生む。しかしそれ以上に、ブランドイメージを崩さないよう慎重を期する必要のある戦略であるとも言えるのだ。



●ケース3ブランドが生む逸脱者 ~大局的視点から~ 

最後に、ブランドが引き起こす社会的なデメリットに目を向けてみる。そもそもブランドが社会にとってデメリットになるとはどういう状況を指すのか。それは、ブランドが社会の機能を妨げている状況ということで間違いなかろう。これに該当する社会学的事例を取り上げてみたい。

 

「ラベリング理論」というものがある。1960年代以降、アメリカで誕生した理論だ。誤解を恐れずに一口に言えば、「ある人に対してレッテルを貼り社会的な逸脱者であると決めつけることで、実際にそうでなくてもその人は逸脱者となってしまう」という理論だ。


たとえば少年Aが不良のような格好をしていたとする。周囲が彼を非行少年としてラベリング(レッテル貼り)することで、実際にAが非行少年になってしまうのだ。 


この例に即して、Aの恰好があるブランドを基調としたものである場合、Aが非行に走る契機となったのがそのブランドだと考えることができよう。


なぜならブランドに付きまとう「不良っぽい」という固定観念がAに対する周囲からの認識を固定化し、A自身の行動もそれに誘導された、という一連の流れがあるからだ。人々のブランドに対する認識が社会的に逸脱者を生み出しているのである。 


非行少年に限ったことではない。富裕層向けのブランド品を纏った人は、その人の内実がどうであれ周囲からはお金持ちだと思われる。人を目で判断するなという言葉があるが、それを実行するのは案外難しい。


ブランドイメージは、そのブランドの使用者に対して周囲が持つイメージと相互に同調する。現代社会では日々それが起こり、その人が実際どのような人なのか判断しづらくなってしまっている。さらにはラベリング効果によってその人の内実の人間性までもがあたかも初めから周囲の予想通りのものであったかのように作り変えられてしまう。 


ここまで来ると、卵が先か鶏が先かという議論に終始してしまうことになるが、少なくとも人が中身で判断されない社会が気持ちの良いものではないのは確かだろう。その原因をすべてブランドに押し付けることはできない。だがブランドがその一助を意図せず担ってしまっていることは否定しようもない。



まとめ

ブランドが生むプラスの効果は多い。しかし良い面だけが存在するのではない。デメリットも確かに存在する。 われわれ消費者は基本的にケース1やケース3のような卑近な状況に気を配れば十分であるが、ブランドの功罪をきちんと認識しておけば、あらゆる場面でデメリットを回避することが可能となるだろう。


特に、ブランドと付き合う機会の多い読者諸氏には、このようなブランドの負の面も知って実生活に役立てていただきたい。そうすれば、ブランドの良い効果のみを取り出して自分のために利用することもできるだろう。

0コメント

  • 1000 / 1000