さむい。さむすぎる。つらい。何だかこの三語だけで頭の容量がパンクしそうな今日この頃である、最近まともな日本語を喋っていないような気に襲われる。
しかしPCを開きツイッターのTLを覗いたりすると、微妙な安堵感に襲われる。わはーみんなもまともなことしゃべってなーい☆
……だが冷静になって見返すと、内容もまともじゃない(というかどうでもいい)ばかりでなく、言葉まで「まともな日本語」ではないのである。
どういう言葉か挙げてみると、
kwsk
DQN
情弱
gkbr
orz
―――いわゆるネットスラングってやつである。
ネットスラングというのは、スラング=隠語…つまり主にネット利用者の中でだけ通用する言葉のことだ。
しかしこれらの言葉の「胡散臭そうなのに広まっている」具合といったら、目を瞠るものがあると思う。ただの流行語にしては長い間残るし、2ちゃんねるをあまり見ない人ですら意味は知っている。
明らかに「間違っている日本語」なのに、である。
なぜだ?なぜ皆ネットスラングを使うんだ!?
ここで参考になるのが、女子中学生や女子高生がよく使う丸文字とかギャル文字といったもの。そんなの記憶の彼方へ飛んで行ったぜ!という人や、中高時代に女子の文字なんて見てないお(;ω;)という人のためにのせておくと、こんなやつだ。
これって最初に誰が使い始めたのかはよく分からないが、中高の女子集団内で誰かが使い始めるとみーんなこの文字にし出すのである。
(いいですか男子諸君、女子は何となーく丸文字ギャル文字になってるんではなく、流行にのっかって皆に合わせるために頑張ってこれを練習してんですよ!)
何故彼女たちはせっせとこんな読みやすくもない文字を書き出すのか?
それは多分、「この文字を使ってる人はみんなイケてる女子仲間☆」という意思確認なのである。
本来は皆違うはずの筆跡をなくして丸文字を書くことによって、「みんな同じかわいい字を書く子」と認識し合い、お互いを平等かつ匿名のグループメンバーとして確かめあうのだ。
実はこの構造とネットスラングの構造はよく似ている。
そもそも、現代の2ちゃんねるやSNSに代表されるネット社会というのは、コミュニケーションの内容よりも「誰かとつながっている」というコミュニケーションの存在そのものを主な目的とする場合が多い。
コピペをもとにコメントをし続ける2ちゃんねる、返事に一分とかからないリプを飛ばしあうtwitter、コメントもせず「見た」という認証だけの「イイネ!」を押しまくるmixi……枚挙に暇がない。情報発信の内容というよりコミュニケーションそのものが大切なのである。
そして、この「つながり」を助長するものの一環として「帰属意識」というものがある。
女子中学生たちが丸文字を使うことで「イケてるグループに所属してる私」ということを認識したように、
人々はインターネットスラングを使うことで「一見読みにくい文章だが、ここにいる人は皆この言葉の意味を理解している」「この言葉を理解して使う人々と私は同じ集団に帰属している」という事実を認識するのである。
つまりネットスラングを使う人々は、そこへの帰属意識を再確認することを目的として自己充足的なコミュニケーションを行い、「誰かとつながっている」ことに安堵するのだ。
ネットスラングは匿名的なコミュニケーション・メディアの上で「内輪」をつくりだすために作られた特殊な文字と言えるであろう。
もちろん今では2ちゃんねる以外のところでもネットスラングは多く見られるようになったし、2ちゃんねるの帰属意識を誘発する効果は減っているかもしれない。
だが私たちがネット上で、内容を軽視した、つながりそれ自身が目的の「内輪」のコミュニケーションをしていることは紛れもない事実ではないだろうか。
「いつも使ってる仲間内だけの言葉」を使って「どうでもいいけどそれについてうだうだ喋ることはできるネタ」について誰かとつながることは楽だし楽しい。
しかし内輪のコミュニケーションばかりでは新たな「つながり」は生み出し得ない。
つながってるだけの関係を保つためだけに、「内輪以外の外の人」には分からない言葉やネタを使っているのではつまらないと私は思う。
本来コミュニケーションとは「伝え合うこと」に意味があるのだから、その内容がどうでもいいなんてことはないはずである。
そこで内輪ネタだけでつながるのをやめ、コミュニケーションの内容自体にももっと目を向けてみたらどうだろう?
もっと自分自身が相手に伝える内容について考え、それについて真剣に意見が聞きたいと思ってコミュニケーションをする。
そうすれば、きっと内容からつながる新たなつながりが生まれるだろう。内輪にしか目を向けていなかった時には見えなかった外の世界が見えるかもしれない。
さむいし外には出たくないかもしれないけれど、自堕落に求めてしまう「何となく心地いいつながり本位の内輪コミュニケーション」について、自分が使っている言葉を見返しつつ考えてみるのもいいかもしれない。
ほら、まずは外に出てぶるるっと自律神経を刺激しようではないか!
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