僕は美術室の後ろに立つ、錆びた掃除用具入れのようなロッカーの前に向かう。ロッカーを開けると中から油と絵の具のにおいがツン、と鼻をさす。けれど、このにおいもしばらくして空気中に広がりきってしまえば、どこか心地よいにおいへと変わっていく。
ロッカーの中から、絵の具と油、パレットと絵筆を取り出す。それらを机の上に置くと、ひときわ大きなチューブから、歯磨き粉のように白い絵の具をにゅるにゅるとパレットの上に出していく。他の色の絵の具はその横に並べて、ちょっと少なめに出す。絵筆を手に取り、その先をアルミの容器にさしておいた油にちょん、と浸す。そのまま一番濃い青の絵の具をすくって、パレットの上で混ぜあわせる。固まっていた青色は柔らかさを増して、真っ白なパレットの上に広がっていく。その時一緒に、絵の具に溶けきらなかった油分も、パレットの上にその透明な姿をあらわしはじめる。
そういえばどうして昔の人は水ではなく、油を使って絵を描こうと思ったのだろうか。水と油は反対のものなのに、とここまで考えたところで油絵と水彩画のどちらが先に生まれたのかも僕は知らないことに気がついた。そのうちによく混じりあった鮮やかな青ができていた。それを目の前に広がる大海原の端っこにゆっくりと、ゆっくりと絵筆で添えた。そこだけ油がてかてか光って、止まっていた絵の中の時間が再び動きはじめたように感じた。
「油絵では、羊皮紙の上に絵の具を塗るというより、置いていくんだ。油で溶かした絵の具を、ピンとはった羊皮紙の上にのせて、数日乾くのを待つ。絵の具が乾いたらまたその上から塗り重ねていく。それを繰り返すと、しだいに絵筆の筆跡や塗り重ねによる、なんというか重厚感が出てきて、それが油絵独特の雰囲気を醸し出すんだ、わかったか?」
何度描き直してもうまくいかない石膏像のデッサンに飽き飽きしていた僕に、上田先生は油絵を勧めてくれた。僕は自分の今までの人生を消しゴムで消したくはなかった。ただ、その上に別の何かを塗り付けたかった。油絵は何となく僕に向いている気がした。だから、上田先生は僕の中の何もかもを見透かしているのだと感じていた。でも寺島のことを思う時、僕のお腹の底に突然現れる小さな針の存在は、さすがの上田先生にもわからないだろう。
僕が最初に描いた油絵は、白い波の絵だった。美術室に置いてあった『世界の絶景』とかいう本の見開きで僕はそれを見つけた。荒々しい波が岩礁にぶつかり、空中に水の壁となってそそりたっている写真だった。木枠の四方から引っ張られてピンと伸びた羊皮紙の上に、僕はそのとらえどころのない波を模写しはじめた。下手だった。絵の具を塗れば何かが変わるかもしれない。あらかた模写を終えた僕は、さっそくその上に絵の具を塗りはじめた。その横で美術部の先輩が、彫刻のデッサンを懸命に描いていた。その繊細な絵のタッチを見ると、今自分が描いている絵が幼稚園児の塗り絵のように思えてきて、自分がいかに絵が下手であるかをまざまざと見せつけられた。でも、描くしかなかった。油絵しか、僕の居場所はないと思っていた。寺島とは違う世界に行かなければならない。
最初は単調な塗りつぶしにしか思えなかった油絵だったが、日を重ねていくうちに写真の中に潜む様々な色に気づき、それを細かく丁寧に塗り重ねていくことで、絵の中の風景は徐々に立体感を増していった。いつしかその空中にそびえたつ白い波の絵は、遠目に見れば本物の写真に見えないこともない、くらいには完成した。
ペインティングナイフで白い絵の具の上からひっかき跡をつけて、荒ぶる波を細かく表現したつもりだった。黒と青の絵の具を混ぜて、ねっとりと描かれた大小さまざまな岩礁からは、自分が友達と意味もなくつるむのをやめて、何度も何度も美術室に通った成果がにじみ出ているように思えた。ふと、これは自分の姿だと思った。弾けるように空中で踊っている水しぶきが、現実世界の僕の体にまでかかって、そのまま僕を違う世界に連れていってくれるような気がした。
けれど僕が絵を描いている間、上田先生は何も言わなかった。正確には絵の描き方とか技法は丁寧に教えてくれるのだが、主観的な感想とか、そういう部分になると「まぁ、いいんじゃない」としか言わなかった。それに対して僕も何も言わなかった。
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